城丸正ブログ

時代

2024.01.13

今年の1月9日に全社員が鳥屋野のカーブドッチに集まって新年会をやると去年決めていたが、元日に大きな地震があった。それでも予定通り行った。

内容は新年会ではなく、俺の誕生日を祝う集まりになっていた、正直驚いた。ありがたかった。

商売を始めて今年で42年。ここまで祝ってもらったのは初めてだった。おしゃれなプレゼントももらって、それとは別に大工の土田君は毎年少し変わった祝いをくれる。

今年は『時代屋の女房』というDVDだった。この映画にも特別な思い出がある。

1982年、新潟大学の近くで古道具や拾ってきたものをきれいにして学生相手に売ろうとリサイクルショップを始めた。だいたい1年経った頃、古町の松竹映画館で『時代屋の女房』という映画が上映されるとき、「ぜひ館の前で古道具を並べて売ってくれませんか」という申し入れがあり、よろこんで出させてもらった。

前にも書いたことがあるが、あるTV局に、商売を始めて半年くらいたった頃に取材を依頼され、早朝の4時から4時間かけて市内の粗大ゴミ置き場を回って「金目」なものを拾うロケをやった。

ところが、放映されたのが1分ぐらいで、そのとき「4時間がたったの1分かよ」と思ったが、「まっいいか」だった。松竹映画館前での展示はその後だった。

そしたら一人のおばさんが「テレビみたよ。あんた拾ったゴミを1,000円で売るなんて、いい商売してるねぇ」と嫌味を言われ、「うるせぇババあ!」と叫びたかったが止めておいた。

あらためて1983年の『時代屋の女房』のDVDを観て、夏目雅子はきれいだし、渡瀬恒彦も若いし、登場人物の一人一人がなんとなく自分の周りの誰かに似ている。

そしてあの映画、けっこう「エロ」なところもあって、今の映画とは違うと思った。この映画が第7回日本アカデミー賞を受賞していたから驚いた。

バカな俺は古道具屋でとことんやっていこうとその当時思った。

1981年スタートの『北の国から』の黒板五郎になったり、『時代屋の女房』の安さんになったり、右往左往していた時代だった。

はっきりいって、戦術や戦略本は理解できないので、ドラマや映画にえいきょうされた自分だったし時代だった。