城丸正ブログ

食べ物

2026.10.01

米や野菜といったさまざまな食料品が高騰し家計を圧迫しているという報道が多い。我々はどうしても食べ物を選ぶとき「安さ」を意識して買う買わないの判断をしてしまう。

そのことが生産者に苦しみを与えているということを理解している人はほとんどいないだろう。

食べ物をつくる人が生活していけない、食べていけないというおかしなことになっている。さらに、食のグローバル化とかで安い値段を強いられる生産者が十分な利益を得られないという状態が続いているという。

生活者にとって食料品が安いのはありがたいことだが、生産者がどんどん減っていけばやがてどうなるか答えは出ている。食べ物をつくる人がいなくなれば生活者は生きていけないし、生産者は利益の出る価格で食料を買ってくれる人がいなくなれば生活ができないというお互い様の関係だ。

倉本聰さんだったかも知れないけど、こんなことを書いていた。「戦後日本は農村を飛び出て、思い通りにならない自然や他者、地域社会など面倒な関りを捨てて都会に流れていった。その結果、自然と地域社会とのかかわりの中でしか得られない知恵や技、判断力を手放してしまった。そこには自分たちの暮らしを自らの知恵と創意工夫でつくりあげる喜びや感動はない。さらに、地域の課題をみんなで知恵を出し合いながら解決する心を失ってしまった。そして高齢化が進み、核家族に重くのしかかる中、原子力という大きな科学が暴走し、成長を過度に求めたためにかえって根本的なリスクを抱え込んでしまった。これこそ『リスク社会』の蟻地獄そのものである」と。

なんとなくではあるが、倉本聰さんが亡くなり思い出した記述でもある。