『地方創生』という言葉が空気言葉になった。
仕事柄、どうしても『商』を通じて物事を見てしまう。
『創生』を調べたら、『新たにつくり出すこと』とあった。
政権というのは上手い『決まり文句』をつくるもんだなぁと思う。
地方は新たにつくり出す事なんてできるはずがない。
2000年までの16年間、中心商店街で小売業をやって、つくづく時代の変化に対応していかないと生き残れないということがわかった。そこには商店街の『再生』はあるが、『創生』となるとかなり厳しい。なぜなら、誰もが駐車にも困るような商店街より、郊外にできた大規模な商業モールに出掛ける。食事ができて、映画が見れて、日用品やおしゃれな雑貨、そしてペットショップまである。こんなに便利で一日過ごしても駐車場は無料、あきらかに中心商店街よりは郊外の巨大な商業モールの方が時代を『鷲掴み』。強いのは当たり前、さらにそのモールの経営は県外の大企業、その日の売上げは翌日には県外の本社のある取引銀行へと吸い上げられていく。
成長戦略として規制緩和が進み、大きなショッピングモールの出現で地方都市の個性ある商店街という『街』は無くなっていく。
これも『地方創生』、新しくつくり出すことなんだろうか。
地方の小さな商店が残っていく方法として、耳ざわりのいい言葉に惑わされず、流されずに抗って生きることも大切だと思う。
今までの流れを見ていると、20年くらいで大きな変化が起こる。
街の商店街から郊外の巨大ショッピングモールへ、そして、今起こりつつある、リアルからバーチャルという世界で、もっと便利で簡単に欲しい物が手に入るという現実。地方の商店街は巨大ショッピングモール1つで10か所くらいはシャッター通りになった。次はこの巨大モールがデッドモールになるのも時間の問題かもしれない。
あっという間に時代と価値観が変化していく。だからこそ、地方は地方で、人と自然が共生する『街』をつくることが大切になってきたのではないだろうか。
『街をつくったワイナリー』や『街をつくった家具屋』とか、街をつくることで『商』が続けることができる。絶対的条件は、自然を味方につける。だが、自然は時として人間に罰を与える。人は自然には勝てない弱い立場だということも強く強く考えなければならない。
『今あるものに目を向けて、手を入れる』
我々はこれを大切にして仕事をしていきたい。