我々世代は、「温故知新」(古きをたずねて新しきを知る)だけど、あるアパレルブランドの40代の社長が「未来は過去にある」と言っていた。
今はこの方がスッキリするし、妙に響く。誰もが悩んだり壁にぶつかったとき、「あの時どうしたか、どう乗り越えたか」と過去を振り返る。なぜなら未来は予測できないからだ。ジジイにとってはなおさらだ。だからいまだに商売を始めたときのことを思い出す。
金がなかったから、捨ててあるものでまだ使えそうな物をきれいにして売るリサイクルショップだった。拾えるものは拾い、いただけるものはいただき、貸してもらえるものは借りた。
若かったし貧しかった。でも強く生きていた。平気で粗大ごみ置場から拾うことに何にも抵抗がなかった。
しばらくして、自分の仕事のテーマを「ひろう、もらう、かりる」にしていった。それは今も変わらない。
そして気づいたことがあった。価値の高い新しいモノがどんどん売れないとリサイクルショップは成り立たない。さらに、「安さ」を武器に大量にモノが売れれば売れるほどリサイクルショップは無理だと考えた。
だが、世の中はそんなに単純ではなかった。今ではハードオフ、ブックオフ、さらにはメルカリ等がものすごく拡大している。
自分はどうせやるならアメリカだろうと米軍基地を回り始め、米軍の払い下げに手を出していった。そして、日本のリサイクルからアメリカのリサイクルへと変化していった。
その流れで、イギリス、北欧、ドイツ、イタリアと、日本製など眼中にない状態になっていった。
何度も書いてはいるが、「家具屋で働いたことがないのに家具屋を始めてしまった」その当時、日本の家具メーカーは相手にしてくれなかった。実はそれがよかった。
なぜなら業界の常識は世間の非常識といわれるように、おかしなことだらけだった。なまじっかその世界にはまってしまうと新しいことをやれないと思った。
時間とともに失敗を重ねながらなんとなく「メイドインジャパン」あるいは職人の技術、そして文化をあらためて見直すこともいい時ではないかと思い始めた。
「街」からどんどん「地元の家具屋」が消えていき、それとは対照的に全国を又にかけて出店する大手家具チェーン店。喜ぶ人が多いのもわかる。
だが、俺たちは「試行錯誤」しながら地方における地元のための家具屋にとどまらず「街」に寄ったときに必ず行ってみたくなるような家具屋を目指してやってきた。街にふさわしい店をつくって店にふさわしい人がそこで生きている。「まち・みせ・ひと」になっていく。
そこには衣食住、そしてその時を過ごす場、さらに宿泊があって、レストランでウェディングもできる。すると、家族になってみて、我々が提案する場所が特別な場所になる。
出産、結婚記念日などあらゆる場面で、あそこへ行こうと思えるそういう場の提供がこれから大切になっていく。しかも自分一人では限界がある。だから人の力を「かりる」そしてみんなで協力して商売をつくっていく。「ローカル・イズ・ベスト」という新しい街をつくっていく。ただし、それは商売がちゃんと成り立ってこそだ。
そこで働く人たちの生活を守ることが幸せにつながる。
そういう意味で、過去にはヒントがある。未来は過去にあるといえる。