藤原正彦さんが書いた本の内容だ。
スマホの最大の罪は読書の時間を奪っていることだ。もう一つの罪は孤独になる時間を奪っていることだ。
人間の深い情緒は孤独な時間から生まれる。黙って本を読む。ただこれだけのことが子供も大人もできなくなっている。ネットの普及とともに本や雑誌の売上が落ちていく。人間の深い情緒は人間の死に結びついている。
人間の命は有限だからこそ、いつかは朽ち果てるという悲しみが全ての情緒の中心にある。この逃げられない死は人間しか強く感じることができない。ITやAIは永遠に深い情緒を身につけることはできない。
紙の本に蓄積された記憶そのものが「宝物」になる。こう言い切っている。
さらに『スマホ脳』という本を書いたスウェーデン人のアンデシュ・ハンセンは、人は一日に平均4時間、若者の2割は7時間もスマホを使っている。その結果、睡眠障害、うつ、記憶力・集中力・学力の低下、依存症・・・スマホの便利さに溺れているうちに脳が確実に蝕まれていく。
自分は世の中の大きな流れに対してそうじゃないだろうという気持ちが湧いてくるし、持続可能な成長を前提とした論調に対しても違和感を感じてしまう。
逆に言えば、持続不可能を前提に考える方法もあるのではないか。持続可能性とか謳ったところで現実の人間の消費行動はあまりにも持続不可能性を秘めている。有限な地球で無限に成長しようとする限り、この問題は一向に解決しない。
そもそも持続可能な商売なんてものは存在しない。「SDGs」とかをスローガンにしても今の流れに乗るための手段にしか聞こえない。
大事なのは消費を減らすこと。品質の良い物を長く大切に使う。壊れたら直す。拡大とか成長とかとは違うやり方があってもいいだろう。
リサイクルショップからスタートし、古い倉庫や廃業した旅館に手を入れて使い続けてきた。
「直す、修理する、長く使う」は製品サイクルをいかに短縮化するかを競う商業主義とは正反対に向かうことであるが、まずは何を大切にしたいか考えてみよう。
多様な意見を尊重しようとかいいながら消費者の行動は一つの方向へ導かれている。
100人いたら100通りの消費行動があってもいいと思う。どうだろう。