実は2019年8月に「日本的な働き方も良いかも」と、ネットが主流になっていく時代にあえて店を維持していくことの難しさと可能性をを感じながら日本型の家族的経営という考えで会社や店を続けていくこともありではないかという内容の本を読んだ。当時、すごく引き付けられた。
以下その内容の一部だ。
「日本はアメリカ型のビジネスに憧れ目標にしてきたが、逆にアメリカは日本の力に脅威を感じていた。あんな小さな国が、しかも資源もない国がなぜ世界2位、3位の経済大国にまでのし上がったのか。戦争であれだけ痛めつけ原爆も広島と長崎に落としたのにもかかわず、不思議だったそうだ。そして一番の脅威が、終身雇用、年功序列、忠誠心の高さの上に築かれた文化や習慣、それと日本人特有の価値観。これを崩すことが日本を弱体化させる一番いい方法だった。そのための各種規制緩和の要求だった。」
自分は単純で、しかも流れを疑う性分だからこそ、こういう内容はすーっと心に入ってきてしまう。
つい最近まで、日本の中小企業の社長、特に小さな会社は社長をおやじさんと呼んだりしていた。そこには「働いてもらっている、働かせてもらっている」というお互いの愛情が根底にあった気がする。だから従業員の面倒を見続け、「働くことが生きること」で、まさにこんなささいなことが日本的なパワーの源泉だった。
あえてビジネスと呼ぶのではなく「商い」という考え方で仕事をする。それでいいじゃないか。
ところが、これからはグローバル化だと言い出し、構造改革の名のもと今までの日本的なやり方を壊し始めた。今また政府が時給を1500円にしようと言い出し、厳しさもハラスメントだと言い出し、休みを増やして残業をゼロにすれば働く人は前向きになり、時給が上がればもっと業績が伸びると詭弁を述べている。
中小零細企業で働いたことのない人が言うのは簡単。しかし、時給や給料を上げるのは政府ではなく、我々民間の小さな会社の業績が上がることで可能になる。本当は働く喜びと働ける幸せをどう感じるかでしょう。
0.3%の大企業と業績が上がっているごく少数の業種業態だけを見て、耳ざわりのいいことを言っているに過ぎない。失われた30年、50年とか言って政府じゃ解決できていないわけだからもうほっといて民間に任せてくれよ。残るところは残るし、潰れるところは潰れる、それが資本主義という社会だろう。
歯を食いしばって生き残ろうとしてんだからいちいち口を出すんじゃないよ。
あーすっきりした。明日どうなるかな。
みんな死んだ気になって頑張ろうぜ。