年を重ねてくると、今までたくさん道草をしてきた人の他愛もない話がとてもおもしろく感じられるようになる。気負いがなく、押しつけもなく、そのくせ妙に心に響く。
一例として「お前よ、『窃盗、強盗、骨董』つって骨董屋が一番悪いの知っているか」だったり、「やさしくするのは簡単、きびしくするのは難しい」とか。
60歳で犬を飼い始めたとき、なんとなく惹きつけられた記述があった。それは犬の声という内容だった。
・一生は10~15年しかありません。
・あなたを理解するまで時間をください。
・信頼してください、それだけで幸せです。
・長く叱ったり、閉じ込めたりしないでください。あなたには仕事や楽しみ、友達がいるでしょう。私にはあなたしかいないからです。
・あなたの声で理解している。私はどんなことをされてもあなたの手はかまないと決めている。
・私がこんな性格なのはあなたのせいなんです。
・年をとればあなたと同じようにつらいときが多い。
・どうか忘れないでください。あなたを愛していることを。
久しぶりに読んで、スタッフが去っていったこともあり「人の声」も同じなのかもしれないと思った。全ての責任は自分にある。
あと、「お前さん、点の情報に踊ってるな」
スマホは便利だ。小さな画面の中にあるのは洪水のような点の情報にすぎない。
「あのな、生きていくには体験と失敗を通じ、悩んで、考えて生きれよ」
「人間として当たり前のことが日常からどんどんなくなっていくぞ」
今でも頭から離れない話だ。