城丸正ブログ

いじめ

2023.10.06

ニュースで、小中学校での「いじめ」の増加が報じられている。

子供の世界では「いじめ」、大人の世界では「ハラスメント」。これらはなくならないだろう。

だから法律で、人間が生来持っている生命、自由、平等に関する権利、人権を尊重しようとしている。

でもね、現実の政治や経済の世界では過酷な競争があり、戦いがある。権力という力を持つことで自分に有利になるような動きをするのも人間として当たり前の行動だ。究極は、戦争という「いじめ」で勢力を広げようと人を殺すことだ。戦争での殺人は罪にならないが、それ以外での殺人は罪になる。戦争での勝者は殺人を正当化され、敗北者は戦争犯罪者として処罰の対象となる。

我々の商売の世界でも、立場が上、あるいは大きくて強い者が自分の都合のいいようにシステムを築き上げる。

強者が弱者に対する態度としては「いじめ」に近いこともある。(ただ、経済競争や企業間の競争、社内での競争においては、勉強不足で努力不足な人間や会社が先述の論理を用いて強者に対しての負け犬の遠吠えをすることもあるのだが、、、)

「いじめ」や「いやがらせ」は至る所に存在する。だから、生き残ることで必然的に強くなっていく。

あともうひとつの考え方。人間は欲の塊。際限なく成長や繁栄を求めてしまう一方で、地球資源には限りがある。いい加減、繁栄や快楽や永遠の進歩などの夢を見るのをやめて「簡素に生きる」という精神を持つことで、子供の世界でも大人の世界でも「いじめ」は減るかもしれないという考え方だ。

ヒントは、2005年に松浦弥太郎さんが書いた「くちぶえカタログ」という本の表紙にある。「簡素さとは、軽やかで気楽で、整然とし、愛情を表現できること、それはバランス、調和、謙虚さを持って生きとし生けるものの良き隣人になること。真の豊かさとは何一つ必要としない暮らしにあります。」と書いてあった。

元『暮らしの手帳』の編集長らしいコメントであり、文化人であり、我々商売人とはだいぶ違う考え方ではあるが、自然災害という人間に対する戒め、戦争やテロという究極の「いじめ」、政治経済への不信感、景気の不安定といったことが渦巻く時代、明日何が起こるか分からない。だからこそ強くなるしかない。

じゃあどうしたら強くなるのか、、、、まずは「いじめ」を乗り越えることなのかも。

まあ、同じ事象に対しての受け止め方は能動的な側と受動的な側では全く異なるので、自分も多様な捉え方ができるようにならないとかな。