社長ブログ

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田舎の流儀2012.5.28


新しい住宅地が開発されていきます。住宅メーカーや私どもの様な家具インテリアを扱う業種も大きく業績に関わってきます。しかし、ここで考えなければならないのは最近よく耳にする、中心市街地に人を集め、しかも、住んでもらわないと本当の意味で中心市街地の活気は生まれないというようなこと。それって無理な話だと思うのです。人口が減っていくなかで、郊外に大きなショッピングセンターや、大規模な住宅開発をしていくわけですから、どんどん中心部の価格の高い土地や家賃の所から、より便利で、住みやすく、価格の安い場所へ人は移っていくのは当たり前だと思う。大事なことは、新潟市を含め自分たちの町はどんな町であるべきなのか。どんな町を目指したいのか。その為にどんな事をすべきかだと思う。私たち一人一人は小さい力ですが、結局は人に頼らず自分たちの手でコツコツつくっていくしかないかな。港町新潟、リバーサイドシティ新潟とかさ。一つだけ云えることは、全国チェーンの店や会社ができればできるほど、その町の独自性は失われていく。ですから、商売をやる人も、ものづくりをやる人も、食をやる人も、ここにしかない独自性の強いものを育てて人を採用し、業績を伸ばし、しっかりとそこにしかない価値観をつくっていく努力を死んだ気になってやらないとらしさは失われていくよね○新潟も、金沢も、仙台も、どの田舎に行ってもユニなんとか、しまなんとか、ニトなんとか、イなんとかモール、東なんとか、いろいろありますよね。まあ便利だから普通の人がたくさん利用して、やっぱり私たちはまけちゃうのかねぇ。どう思う?おい!おい!おい!でしょう?


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米軍ハウス2012.5.26


30年前、米軍基地の周りにあったフラットハウス。平屋で、何回も外壁はペンキで塗り重ねられている家でした。基地の中のロフトや、その周りの環境はまさにアメリカそのものでした。1ドルが360円もしくは240円くらいの時だったか、いや180円くらいだったかは覚えていませんが、今の1ドル78円のように円高ではなかった。私にとっては若い時から憧れていたアメリカの暮らしが目の前にあった。当然ハウスの中は、リビングダイニング、ベッドルーム、トイレ、バスルーム、小さいけれど土足で入れる。私はちょっと抵抗感がありましたが、カッコイイんです。この米軍ハウスを調べてみたら、今の日本人の暮らしに大きく影響を及ぼしているんです。

昭和20年、第二次世界大戦で日本はアメリカに敗けて、米国軍が日本に滞在するとき、米軍の人々が米国本土と同じレベルの暮らしを日本で実現するために、デペンデントハウスとして20,000戸のハウスを米兵とその家族のために造った。その時に、家電・家具インテリア等々まさに今までの日本では到底想像したことのない暮らしが目の前に表現された。これが現在の私たちの暮らしに大きく影響を与えたことはもちろんです。当時小学校の先生の月給が2,000円。都内のアパートの家賃が150円だった時代ですから・・考えられますか?実はこの米軍ハウスは単純にアメリカ人のためだけではなくて、日本人の目指すべき新しい住居の姿や生活様式を示すことも大切な使命であったそうです。普通の日本人が無理なく家族4人で暮らす「ローコストハウスの追求」平和で少しだけ豊かさを感じ、ささやかな幸せを通じて将来の夢を実現させる暮らし方、戦争に敗けはしましたが、新しい暮らしのスタートができたわけです。

米軍ハウスも数は減ったかもしれませんが70年も時を超えて住みつがれている。私も仕事でつきあいのある人は、この米軍ハウスに家賃を払って住んでいます。もちろんアメリカユーズド家具を扱っている人に決まっています。私は平屋の米軍ハウスは家の基本だと思っています。このハウス、日本の大工さんがたくさん参加して造ったんです。間取りで悩む必要なし!!


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とらえ方2012.5.22


どんな家に住むか。どんな家具、インテリアにするか。そうではなく、“どんな暮らし方を、どんなところでするか。”ではないでしょうか。暮らすために一番大切なことは、お金、家族、仕事、全部ひっくるめて幸せになるために生まれてきてると思う。そして家をつくることは夢の実現であることは間違えないのですが、ものすごく重い責任を負うという事です。車や家電、家具インテリアを買うのとレベルが違うということ。ですから過去現在から、10年、20年、30年先の家族の幸せって何?ということを、これでもか、これでもかって考える必要があると思う。その結果やぱり新築する、あるいはずーっと賃貸、ずーっと古屋、ずーっと親の家でも良いと思う。我々は死ぬまで夢の途中かもね。物を所有するという経済的なことも大切ですが、出発点に戻って、心の豊かさを求めていくような仕事の仕方。これってものすごく難しいことなんです。今までの価値観や考え方、やり方を少し疑うことや、自分が当たり前と思っていることを打ち砕くような場面に出会ったとき、何故って考えること。何故、何故、何故って三度くらい念仏のように問いかけてみること。多数決の判断は通用しないかも知れない。


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物づくり、日本だけでいいんだろうか?2012.5.19


作り手と、売り手と、使い手(買い手)がつながって、つくった物が売れていく。だから、作り手と売り手は常に「いかがでしょうか」という立場であり、買い手はもう少しここがという立場で、つながっていくことが今まで以上に重要ではないのかな。人はいつも「早く、安く、簡単に」を基準に、得した損したということだけでは、質の高い物をつくるというエネルギーが失われていくかも知れない。使い手(買い手)、作り手と売り手の三者のコミュニケーションの場があって文化が生まれてくるのではないんだろうか。「早く、安く、簡単に」全国に拡大していく時代から、地域にこだわり、人にこだわり、“あえて小さく生きる”を選択したとき、その地域に住んでいる人々と一緒に、暮らし方を広げたり磨いたりしながら語り合っていくような店づくりができるかも知れない。その行き着く先は、どこにも真似できない新潟における生活文化を表現できる店をつくることが可能かも。うちの会社だけでなくて地方に存在し、ワクワクドキドキするような仕事をするには大切な事かもしれない。


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“あえて小さく生きる”2012.5.15


“あえて小さく生きる” 地方で商売という物語をつくろうとするとき、今までやってきたことで悩んだこと、苦しんだこと、嬉しかったこと、泣いたこと、失敗した多くのこと、全部が人と人との物語になっている。もちろん売り上げが上がった、利益が出た、嬉しいことです。特に経営の責任者としては当たり前なことですが、じゃ売上が下がって利益が出ないという逆だったら物語にピリオドを打つかというとそうもいかない。売り上げが上がろうが下がろうが、そこには人と人との色々な物語が生まれるし、見えてくる。読んでくれる、足を運んでいただけるお客様がいらっしゃる。物語をつくり続けるS.H.Sインテリアガールにとって、最高の喜びは“あなたから買えてよかった”“またあなたから買いたい!!”と言っていただけた瞬間。何ものにも代えがたい働くことの大切さを感じる。だからこの店は私たちが守る、につながる。森ガール、海ガール、山ガール、遊ぶことばっかにガールをつけるんじゃないよ。販売ガールやものづくりガールや、まぁ、いろいろあると思うけど、ストーリー性を生みだすガール。ストーリーガールを目指して欲しいね!


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長岡店の旧館の再生で気づくこと2012.5.14


旧館は昭和30年代の前半の建物です。合掌造りという木造軸組の建物、梁や柱はもっと昔に建てられた家の、古い木材を使っています。要するに70年とか80年前の材料をうまく再利用して組み上げているんです。大工さんの腕の見せ所、そして職人さんが生き生きと仕事をしていた時代なんでしょうね。こういう建物はいくら古くなっても直せる。中越地震にも耐え抜いた力強さ。言葉では言い表せない何かを感じます。スクラップアンドビルドもいいけれど、残してみたい、直してみたい、そこで楽しんでもらいたい、今はそんな気持ちで再生に取り組んでいます。

長岡は城下町、新しい箱づくりや商業施設もいいですが、長岡らしさってどんなとこ、人も場所も生まれた時からオンリーワンの存在。だからこそ何をもってナンバーワンを目指すのかが大事だと思うんですけど、どうでしょう。地域の活性化のために新しい箱を作り、それを起爆剤にしようという考え方は終わったように思います。一瞬の効果しか生み出さないし無駄遣いになってしまう可能性が大きい思う。自然環境を守り、古い物をリノベーションし、街の歴史と記憶を留める町づくり、地域づくり。その基になるのが農業、林業、水産業という自然との共生と地場のものを使った食文化や商い。何でもかんでも時代の最先端を選ぶ必要はなく、少し時代に逆らって見つめなおしてもよろしいのではないでしょうか。魅力的な物や事、足元にたくさんありますよ。長岡はツーリストにとって、ナンバーワンの場所になろうと思えばなれるかも。人は旅人で、旅先での感動を求めているのではないでしょうか。


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町づくり2012.5.13


新潟という地方で生活することは、好きなことを、好きな仲間と自由にやってそれでちゃんと食べていけて、すこしだけ地域の役に立つ働き方をしようぜ!!って考えると、今やっている仕事、これから仕事を探す。悩んでいること、苦しんでいること、悲しんでいること、その他の事がある程度すっきりしてこないだろうか?

仕事選びで30社も受けて、内定もらえない、あるいは30社も受けることの異常さにも気づいていない。周りも普通だと思い込んでしまう危うさ、俺には信じられない。新潟らしい、ならでは、という企業や店、あるいは新潟を1番愛している会社や組織、実はたくさんあると思う。俺は、自分の店を考えるとき、始めは人まねからスタートしたが、結局無理と感じたし、自然と自分の周りの人や環境を意識して、新潟だからこそとか、新潟ならでは、というような角度に変わってきたと思う。川があり、海があり、沼があり、田があり、森があり、自然の恩恵を受けている。だから、店は、自然の中で少しだけ自然環境を守ることを意識し、古い建物をリノベーションし、その町の歴史や記憶を留めながら、その場所が“いいね”って言われるような地域づくり、街づくりにつながれば最高だと思っている。ただ間違っても、歴史のある建物を再生したり、看板を直したりというように型だけを再生しても意味がない。地域を再生するには、そこに仕事がなければならない、生活の維持がなければ、そこには人は住まない。自然を守るということは、時代に逆らうかもしれないが、農業、林業、水産業という第一次産業やアウトドアスポーツの企業や小売店、そして地場のものを使った食堂やレストランやカフェ等々、環境保全と商売の発展がリンクして、新潟ならではという魅力的なライフスタイルをつくり上げることが、カッコイイにつながるかも。例えば、新潟は消費税は「0ゼロ」で、高校野球を見に行く時は全員自転車で行くとか、マラソンだけでなく自転車のレースがあったり、エコポイントは自転車を買う人に適用する、古い車を大切に乗る人は自動車税免除、新築できる人はお金があるからエコポイントは古屋を直して住む人につける、とか。要は、新潟は日本の中で最も変わり者が多い、変わったことを考えて日本一流れに逆らう町として生きてゆく。おそらく全国から注目を浴びるし、住んでみたい、働いてみたいって、人口100万人すぐに達成できるんとちがう。普通にやって流れに乗っていい思いしたいなんてありえない。最後に30社になって受けるんじゃないよ、30番目の企業の人事担当者の気持ちになってみろ、ふざけるな、と思っているはず。


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目の保養2012.5.3


鳥屋野潟は桜と共に春がやっと来ました。週末になると世代を超えて色々な人々が訪れ、私どもの店にも立ち寄っていただいています。自然に囲まれた環境で仕事ができることを幸せに感じています。中でもおばさん、失礼。ご婦人の声の中で「目の保養ができたてー」という声は昔の私ですと目の保養なんて言わないで買ってってくださいよ!とすぐに口に出し、ムカついていましたが、改めて「目の保養ができた」という言葉をかみしめてみると、素晴らしい表現だなぁと思います。辞典で調べたら“心身を休ませて健康に保つこと”とありました。おばさんの気持ちは必ずしも辞典と同じではないとは思いますが、死語のような「目の保養」という言葉、深さを感じます。我々は、もっと目の保養、頭の保養、心の保養を意識しないとね。

皆さんはここ10年、あるいは5年、購入したものの中で、自分はいくつこれは一生付き合えると断言できるものがありますか。目の保養や頭の保養や心の保養を意識し、あふれかえる物や情報の中で、足元を見つめ直し、何が必要で何が世の中にとって有益なのか。そして自分の店や会社は本当に必要とされているのかを見極められる絶好のチャンスが目の前にあるのかも知れない。そして他力本願ではもう生きていけなくなったと思う。見極めると少し疑うという観点から一言。中心商店街、町中再生がテーマで、ガタコンや何とかどんどんや何とかの陣とか人を集めて売り上げを上げる、町を元気にするイベントがありますが、それをやると人が集まる。だったら毎日やればいいと思う。期間限定でやると私どもがやるセールと同じように、その時しか人が集まらなくなり、その時しか売り上げが上がらなくなる。そしてまたやる。その先には何が見えているのだろう。私どもは鳥屋野潟に店があるから毎日がガタコンだっつーの。そういう意味じゃあないか。そもそも、中心商店街だけが再生しなければならないなんてありえない。沼垂もあれば亀田も、ありとあらゆるところに商店街はあるしさ、“再生”という行為は再び生まれるということでしょう。直したり手を加えたり、個々の店や会社が何をもって再び生み出そうとしたいのか、ということで、イベントではないような気がする。イベントは手段に過ぎない。まずは目の保養ができる店をつくれるかどうか。かっこいい店より大切かもしれない。今あるものに目を向けて手を入れるしかない。人は変わる。店は変わる。生活も変わる。変わっていくことが生きること。今週号のBRUTUS居住空間学2012より“建物は建てた時が完成。しかし居住空間は本来、家族構成や仕事、価値観の変化のなか、住みながら自分の暮らしに合わせてつくっていく。住むことは変わり続けけること。その通りー!!我々も商店街も一緒!!私の話は辛口に聞こえる人もいらっしゃるでしょうが、とにかく私は新潟が1番好きなんです。ずっとお世話になっていますし。だからちょっと角度を変えて見つめているだけなんです。


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